雨の日のくじらコーヒー

好きなことをぽつりぽつり。

桜にまつわる少し狂気じみた話について


日本全国桜前線が上昇し、満開から散り終わりまで、あちこちで桜を愛でようと人間がわらわらと出かける季節が到来した。

有名どころの観光地化した桜から、近所の桜、学校の桜、庭の桜まで、桜は日本に住まう人々の心を動かす。ぽかぽかしてきたなぁ、花見に行かなくちゃ!と思ったり、道端の桜を見て、毎日満開になる時期を見計らったり。

もう、ほとんどパブロフの犬のように。

桜ほど日本に住まう人の精神に影響を与える花はない。


そんな桜を見る度に、特に夜に見る度に、私はつい梶井基次郎の超短編小説を連想してしまう。

『桜の木の下には屍体が埋まってゐる』

梶井基次郎と言えば『檸檬』が有名だけれど、私は『檸檬』の文庫本に載っている『桜の木の下には...』の方が好みだ。


夜桜の美しさは「幽艶」と感じる。魔性を感じる。そんな雰囲気を見事に表現していると思う。

桜の花の美しさは、木の根元に埋まった屍体から養分を吸い取っているから。


あまりにもグロテスクで美しい小説なので(そしてあまりにも短いので)、一時期スケジュール帳に全文書き写そうかと思ったくらいだ。もちろん、桜が咲き乱れていた時期に。


京都の寺社ではこのシーズン、夜間の桜拝観をしているようだ。

古い寺社と夜桜だなんて、これはもう一見の価値がある。


でも寺社は聖なる場所。桜の魔性よりも荘厳性が際立ちそうだ。

梶井基次郎の小説にふさわしい立地の桜を、まだ私は見つけられていない。

墓地の桜や樹木葬の桜は、小説通りかもしれないけれど、なんだか情緒性に欠ける。


桜の古木がいい。1本ですくっと立ち、周りは特にこれといったものがない。

ソメイヨシノかしだれ桜。

花吹雪の頃合いがいい。

月明かりの夜がいいが、程よく雲が出ていて、ふっと闇に包まれ、そこからサアっと月明かりに照らされると良い。


毎年この季節は、周りが花見だと言い始めると梶井基次郎の小説を読み返す習慣がすっかりついてしまいました。季節物の小説も良いものです。


http://www.aozora.gr.jp/cards/000074/files/427_19793.html