雨の日のくじらコーヒー

好きなことをぽつりぽつり。

おとうさん



「実は父が亡くなりまして」という電話を同じ日に2件受けた。約束のキャンセルの電話を受けたわけだが、2人とも30代だったので、父親もまだお若かっただろうに...と思うと、なんとも言えない苦い感触が残った。


「息子みたいに全く連絡してこない」と母に嘆かれるくらい、私はあまり実家に連絡をしない。マメな息子さんも世の中には大勢いらっしゃるだろうから、母の発言は物議を醸すかもしれないが、あくまでも母の私見では、親が連絡しないかぎり、連絡してこない「息子」みたいなのが私、らしい。うーん、少しは連絡してるつもりだけどな。


姉が両親と暮らしているのでたしかに安心しきっているのはある。何かあれば姉から連絡が来るだろうし、実際うちの姉はこまめに様子というか愚痴というかを連絡してきてくれている。


だが今回、自分より若い人達の父親が二人も亡くなったと聞いて、急に父のことが気になり始めた。


父は定年退職後、地域の役員なんかをしてしばらく過ごしたあと、今は趣味の家庭菜園にせっせと出かけて、おいしい野菜を送ってきてくれている。歳の割には元気にやっているとは思う。


だが...いつ頃から両親の老いを感じ始めたのだろうか。ずっと自分より力が強く、守ってもらっていたはずなのに、ふと気づくと両親の体力が昔のようにはなく、一緒に旅行していても(そろそろ休憩が必要かな?)とこちらが気遣うようになっていた。父が家庭菜園に出掛けてなかなか帰ってこないと、倒れていないかと気を揉むようになってきた。

もちろん人生の経験値は両親には到底及ばないが、だが肉体的な衰えは顕著で、考えたこともなかった両親の永遠の不在が、うっすらと現実味をおびてくる。


無条件に親に愛されているよなあと感じるようになったのは、実は30代後半からという、かなりニブイ私ではあるが、もうこんなに愛してくれる人は両親以外いないだろうという自覚はしっかりある。

だから、そんな風に愛してくれている人を失うかもしれないというのは、少し想像しただけでも恐ろしく、身の置き場がないような思いすらしてしまう。


...という話を先日遊びに来た母に言ったら、

「親が85を越えたあたりから、子供の気持ちも変わるから。」と身も蓋もないことを言ってのけた。


母の境地はまだ全くわからないが、父に会いたいなあと思いつつ、しばらく故郷には帰れそうにないので、電話の1本でもしてみようかと思う。

まあ、話すことがなくて、すぐに母が電話を代わってしまうんでしょうけれど。